●出会い編

 電話を切ったイズは途端に盛大な舌打ちをかました。事の顛末を横で聞いていたジュンも気持ちだけ同調した。
「あー煙草吸いてえ」
「こんなところで吸うなよ」
「分かってっけど、腹立つぜ。ドタキャンはねえよな。やっぱ部活でバント組むのはよしたほうがよかったか」
「かもな」
 ジュンは頷いた。
 つまり事情はこうだった。高校に入って軽音楽部に所属したイズとジュンは、部内でバンドを組んだ。しかし、三年に近づくにつれ集まりが悪くなった。たとえ集まったとしても納得のいく練習ができた日は少ない。そして三年になった今ではメンバーが全員揃うことはなくなった。今日は四人集まれる日だったのだが、突然のキャンセル。
 仕方なく二人はスタジオまで来た。
「ちょっと早いな」
 イズは呟きながらもスタジオの扉を開けた。
「いらっしゃい。……あれ今日は二人なの?」
 階段を上がるとすぐにカウンターがある。店長は座って雑誌を読んでいた。顔を上げると左手を軽く上げた。
 イズは手を上げ、ジュンは小さく会釈した。
「聞きます? いきなりのドタキャンですよ。まあ受験とかあるし仕方ないのは分かるけど、あいつらには真剣さが伝わってこないっつうか」
「まあしゃあないわな。それで二人で練習すんの?」
「当り前ですよ」
「まだ前の奴がやってるから、そこでくつろいでな」
「はーい」
 ジュンはもう先に座って、譜面を眺めていた。イズも隣に座り、掲示板をふと目に移した。メンバー募集やライブ情報などを載せている。
「俺らもあーゆうのやっちゃう?」
「一つの手ではあるな」
 ジュンが言葉を返した時、歌声が耳に流れ込んできた。イズとジュンは揃ってその方向へと向いた。
「げっ、あいつまたドア閉め忘れてんなあ」
 店長が言った。
「いい声してますね。どんなバンドなんですか?」
「あいつ今バンドやってねえよ。色んなとこふらふらしてる感じかな。組んでたバンドが解散して以来な」
「覗いてもいいですか? ついでにドアのこと言ってきますよ」
「ああ、頼むよ」
「行くぞ、ジュン」
 ジュンは珍しく素早く立ち上がった。よほど急いでいない限り、いつもマイペースな行動を取るあのジュンがだ。イズが何も言わなかったのは、その声の主の姿を見たいと同じく逸る気持ちを抱いていたからだ。
 店長が言った通り部屋のドアが開いていた。覗くとギターを抱え、マイクに向かっている男がいた。イズはドアを開けた。彼は気づかなかった。派手な金髪をしている。気持ち良さそうに歌っていた。
「あの」
 イズは声をかけるが、彼は気づかない。
「あの!」
 演奏と歌がぴたりと止まった。
「あれ? もう時間?」
「いや、違くて。ドア開いてたよ」
「あー俺よくやっちゃうねん。教えてくれてさんきゅな」
 歌っている時は芸術のようにきれいだったのに、喋るとその印象が少し崩れた。ここは福岡なのに、なぜか関西弁。
「お前いい声してるな」
「ありがと。否定はせえへんよ」
「もう一回歌ってみてくれないか?」
「ええで。じゃあコピーやけど……」
 そう言って彼は小さく「ワン、ツー、スリー」と呟き、演奏を始めた。イズもジュンも原曲を知っていた。しかし、原曲はどこかに消え、彼の歌声が上手く曲にマッチしていた。彼は五分近くある曲を歌い切った。二人は耳を澄ませて歌声を聴いた。
「……はい、終わり。これでええか?」
 イズは椅子に座ったまま固まっていた。久々に胸が震えるのを感じた。
「最高」
 ジュンは何も言わなかったが、その表情から歌声に感動したのは見て取れる。
「あ、時間やな。俺もう行かんと、店長に怒られる」
 ギターを片づけ、出て行こうとした彼の腕をイズは掴んだ。
「待って、お前どこ高? あと名前」
「は?」
 質問を投げかけた途端、彼の眉に深く皺が刻まれた。声色も怒気を含んでいる。
「俺専門なんやけど、年は十九。お前らより年上や」
「うっそ……」
 イズは彼を見下ろしたまま、固まってしまった。一目見た瞬間、年下だと認識した。身長は低く、顔はとても幼なく、服装からも年上が感じられなかったのだ。童顔にもほどがありすぎる。
「ほなな」
 そう言って彼は出て行った。追いかけることができなかったのは、彼が年上という事実を完全に受け入れることができなかったからだった。その場は彼を逃してしまった二人だが、再会するまで日数はそんなにかからなかった。

 

束音「へえ、そんな出会いだったんですか……」
Iz「今なら二十歳以上に見えっけど、あの頃のAokiは中学生でも通る顔だったんだよ。それがまさか年上とはな。なあ?」
Jun「ああ」
束音「その頃のAokiさんに会ってみたかったなあ」
Iz「その頃束音ちゃんいくつ?」
束音「中二ぐらいだと思いますよ」
Iz「多分制服着て一緒に歩いても違和感ないわ」
束音「歩いてみたーい」
Iz「知り合ってからも、どーしても年上には思えんかったな。発言も、服装も、仕草も全部子供っぽい。まあそういう生き物として受け入れたけど」
束音「それはうちも納得です。顔はすごくきれいなのになあ」
Aoki「あれ、楽しそうやん。みんなして何の話ししてんの? っておい! 何でみんな目逸らすん? つ、束音も」
束音「何でもないですよ」
Iz「何でもねえよ」
Jun「……何でもない」
Aoki「Junまで! うー俺だけはぶかよ」
束音(幼稚園児みたいにはぶててる。可愛いけど)
Iz(はあ、三十路近くの男が頬膨らますなよ)
Aoki「もうええわ!」
束音「あ、Aokiさんプリン持ってきたんですけど食べます? うちの近くに美味しい店があって、そこの一押しの」
Aoki「……食べる」
束音(可愛いすぎる)